前回、千日前という地名に残る怖い歴史について書きました。
千日前は、今でこそ大阪ミナミを代表する繁華街です。
なんばグランド花月があり、飲食店が並び、観光客も多い。
昼も夜も人通りが絶えない、かなりにぎやかな場所です。
ただ、この千日前という土地には、昔から墓地や刑場、焼き場があったといわれています。
そして昭和に入ってからも、この場所では大きな悲劇が起こりました。
千日デパート火災です。
今回は、千日前の怖い話を語るうえで避けて通れない、千日デパート火災と、現在のビックカメラなんば店周辺に残る噂についてまとめてみます。
それでは、いってみましょう。
千日デパート火災とは
千日デパート火災は、1972年5月13日の夜に起こりました。
場所は大阪市南区、現在の中央区千日前。
今のビックカメラなんば店があるあたりです。
当時そこには、千日デパートビルという建物がありました。
火災はビルの3階から発生したとされています。
その煙が、階段やエレベーターシャフト、空調ダクトなどを通って上階へ回りました。
問題は、7階にあった「プレイタウン」という店が、そのとき営業中だったことです。
土曜日の夜。
店内には多くの客や従業員がいました。
火そのものよりも、煙が一気に回ったことで逃げ場を失った人が多かったといわれています。
この火災で亡くなった人は118人。
負傷者も多数出ました。
数字だけを書くと、どうしても遠い出来事のように見えてしまいます。
でも、場所を思い浮かべると急に現実味が出ます。
今、観光客が歩いている千日前。
ビックカメラの前で待ち合わせをしている人たち。
なんばグランド花月へ向かう人の流れ。
飲み屋に入っていく人。
夜でも明るいあの場所。
その同じ土地で、50年以上前に118人が亡くなった。
そう考えると、千日前という場所の見え方が少し変わります。
なぜ被害が大きくなったのか
千日デパート火災について調べると、よく出てくるのが「煙」の怖さです。
火災というと、どうしても炎を想像します。
でも実際には、煙によって視界が奪われ、呼吸ができなくなり、逃げ道もわからなくなる。
千日デパート火災では、3階で発生した火災の煙が、建物内の通路のような部分を通って7階のプレイタウンに流れ込んだとされています。
そして、7階にいた人たちへの連絡や避難誘導が十分ではなかったことも、被害を大きくした要因として語られています。
今の感覚で考えると、なぜそんなことが起きたのかと思ってしまいます。
でも、当時の雑居ビルの防火管理や避難体制には、今ほど厳しい基準がなかったのだと思います。
いろいろな店が入っていて、それぞれの管理がバラバラ。
火事が起きたとき、誰がどこへ知らせるのか。
どの階の人をどう逃がすのか。
そういうことが十分に機能しなかった。
千日デパート火災は、その後の防火管理にも大きな影響を与えた火災として知られています。
つまり、この火災はただの過去の事故ではありません。
今、僕たちがビルの中で当たり前のように見ている避難経路や防火設備、安全管理の考え方にもつながっている出来事です。
ビックカメラなんば店周辺に残る噂
千日デパート火災の跡地は、その後、別の商業施設を経て、現在はビックカメラなんば店になっています。
ビックカメラなんば店は、難波周辺でかなり目立つ建物です。
待ち合わせ場所として使う人も多いですし、観光客もよく入っています。
あのあたりを歩いたことがある人なら、一度は前を通ったことがあると思います。
ただ、この場所には昔からいろいろな噂があります。
深夜、タクシーに乗ろうとする女性の幽霊。
建物内で人影を見たという話。
トイレにまつわる噂。
閉店後に不思議な音がするという話。
もちろん、こうした話の真偽はわかりません。
ネット上にもいろいろな体験談やまとめがありますが、どこまでが実話で、どこからが尾ひれなのかは判断できません。
ただ、こういう噂が生まれやすい場所であることは確かだと思います。
なぜなら、ここには実際に大きな悲劇があったからです。
人は、何もない場所に怖い話を作ることもあります。
でも、本当に何かがあった場所には、どうしても話が集まってきます。
特に千日前の場合、もともと墓地や刑場の記憶がある土地に、千日デパート火災という近代の悲劇が重なっています。
噂が消えないのは、単に「心霊スポットだから」というより、この場所の記憶が強すぎるからなのかもしれません。
タクシーの女性の話
千日デパート火災跡地の噂で、よく語られるのがタクシーの女性の話です。
深夜、ビックカメラなんば店の周辺で女性を乗せる。
行き先を聞いて車を走らせる。
しかし、途中で後部座席を見ると誰もいない。
あるいは、目的地に着いたと思ったら、女性の姿が消えている。
こういう話です。
タクシーに乗る幽霊の話は、全国に似たようなものがあります。
有名な怪談の型でもあります。
だから、この話をそのまま「本当にあった」と言うつもりはありません。
ただ、千日前でこの話が語られると、少し重みが変わります。
火災が起きたのは夜でした。
7階の店にいた人たちは、楽しい時間を過ごしていたはずです。
そのまま帰るはずだった人たちが、帰れなかった。
そう考えると、タクシーを待つ女性の幽霊という話が、この土地に結びついて語られるのもわかる気がします。
帰りたかった人。
誰かに会いに行くはずだった人。
その夜で時間が止まってしまった人。
そういう想像が、怪談として形になったのかもしれません。
怖いのは幽霊だけではない
千日デパート火災について調べていて思うのは、この話の怖さは幽霊だけではないということです。
もちろん、心霊の噂も怖いです。
でも、それ以上に怖いのは、普通に営業していたビルで、普通に遊びに来ていた人たちが、突然逃げ場を失ったことです。
土曜日の夜。
繁華街。
デパートビル。
飲みに来た人。
働いていた人。
音楽が流れていた場所。
そこに、煙が入ってくる。
火災は、特別な場所だけで起きるものではありません。
明るい街の中で、普通の日常の中で起こる。
そこが怖いです。
千日前を歩いていると、今でも周辺には多くの雑居ビルがあります。
飲食店、カラオケ、居酒屋、バー、ライブハウス。
階段が狭い建物もありますし、地下や上階に店があることも珍しくありません。
そういう場所に入るとき、ふと非常口の場所を見てしまうことがあります。
千日デパート火災は、過去の事件ではあります。
でも、繁華街で遊ぶ僕たちにとって、まったく関係のない話ではないと思います。
千日前に残る火の記憶
千日前という場所は、もともと死者を弔う土地でした。
そこに歓楽街ができ、人が集まり、芝居や映画や飲食の街になっていきました。
そして、千日デパート火災が起こった。
考えてみると、千日前にはずっと「人が集まる場所」と「死の記憶」が重なっています。
墓地や刑場があった時代。
千日念仏が行われた時代。
劇場やデパートで人がにぎわった時代。
そして、火災で多くの人が亡くなった夜。
今のビックカメラなんば店の前は、いつも人が多いです。
待ち合わせをする人。
買い物に来た人。
観光客。
道に迷ってスマホを見ている人。
その光景だけを見ると、怖い場所には見えません。
でも、この場所の過去を知ってしまうと、ただの明るい繁華街としては見られなくなります。
怖い話というのは、必ずしも暗い山奥や廃墟にあるわけではありません。
人が多い場所にもあります。
むしろ、人が多い場所だからこそ、忘れられていく怖さがある。
千日前の怖さは、そこにある気がします。
まとめ
千日デパート火災は、1972年5月13日に千日前で起きた大きな火災です。
118人が亡くなり、多くの人が傷つきました。
現在、その場所はビックカメラなんば店周辺として、多くの人が行き交う場所になっています。
しかし、ネット上では今でも、タクシーに乗る女性の幽霊や、建物内の不思議な噂が語られています。
その真偽はわかりません。
でも、千日前という土地の歴史を考えると、そうした噂が生まれ続ける理由はあるように思います。
墓地や刑場の記憶。
千日念仏による供養。
歓楽街としてのにぎわい。
そして、千日デパート火災の記憶。
明るい街の下に、いくつもの暗い記憶が重なっている。
千日前を歩くとき、ビックカメラなんば店の前を通るとき、少しだけそのことを思い出してしまいます。
本当に何かが出るのかはわかりません。
ただ、あの場所に残っているものは、たぶん完全には消えていない。
そう思うと、いつもの難波が少し違って見えてきます。
それでは、また。

コメント